Archive for the ‘アート x Draw Mind’ Category

もっと聞きたくなる音~Polonaise in A flat major Op. 53~

2016-01-04

 

 

昨年2015年の10月に行われた『第17回フレデリック・ショパン国際ピアノコンクール』。

コンクールの覇者、チョ・ソンジン氏がこのコンクールの第2ステージで

演奏した様子を収めたのが上の動画です。

 

曲は、ショパンのポロネーズ 第6番 変イ長調 Op.53「英雄」 です。

彼の卓越した演奏力が織り成すピアノを弾く力と間のコントロールや、音の流れを絶やさずに

弾いているところは素晴らしいと思います。

 

さて、「エリザベート王妃国際音楽コンクール」、「チャイコフスキー国際コンクール」

と合わせて世界3大コンクールの一つと呼ばれる「ショパン国際ピアノコンクール」ですが、

このコンクールの名前にもなっているフレデリック・ショパンは、1810年にワルシャワに

生まれました。

 

英雄ポロネーズが作曲されたのは1842年なので、ショパンが32歳のときに作曲したことになります。

1839~1843年がショパンの創造性が最も発揮されたといわれており、その最中に英雄ポロネーズが

作曲されました。

また、ショパンのポロネーズは「英雄」だけで無く、他に「軍隊」と「幻想」のポロネーズが

有名です。

 

ピアノコンクールの話に戻ると、コンクールに出ている他の演奏者の演奏を聴いてみると、

曲は同じでも、曲の表現の仕方、「幻想」の見せ方が演奏者それぞれで違うのが

分かると思います。

 

チョ・ソンジン氏のエアーキャップ(ぷちぷち)を潰していく時のような絶妙な演奏は、

もう一度聞きたくなる気持ちを高めてくれます。

 

 

via.

フレデリック・ショパン

ポロネーズ

Chopin Piano Competition Competition Rules

Seong-Jin Cho – Polonaise in A flat major Op. 53 (second stage)

演劇の原初に遡る~ピーター・ブルック「Battlefield」~

2015-11-30

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by kaykaybarrie

 

演劇界の巨匠ピーター・ブルック演出の「Battlefield」を観てきました。

この「Battlefield」は、同じくピーター・ブルックが演出し、1985年に初演された

「マハーバーラタ」で描かれた世界の後を描いた演劇です。

 

インド3大叙事詩のひとつである「マハーバーラタ」は、上演時間9時間にも及ぶ大作で、

「賭け」「追放」「戦争」の3部構成になっていて、「Battlefield」はこの「戦争」の

後から物語が始まることになります。

 

舞台の上に見えるのは、布1枚に見える衣服の残骸と、舞台の脇の方に置かれたジャンベと

そして役者たちです。

その場景からは、戦争の後に残された物は数少ないことが見て取れます。

 

この演劇には、戦争の後という状況でほとんど物が何もない空間で、たった1枚の革が張られた

物からでた音とは思えないほど多彩な音色を奏でるジャンベの演奏は、さもピーター・ブルックが

「今こそ創造のときだ」と言っているかのようでした。

 

さて、演劇においては演出上分かりやすくするため、状況が大げさに描かれることがあります。

ですが、現実の世の中ではマインドを変えるのに、状況が悪くなるのを待つ必要はありません。

マインドと状況をセットで考えて、まずどんな状況でもマインドから先に変えてください。

そして、マインドを変えるためにはゴールも同時に設定することが重要です。

 

 

via.

ピーター・ブルック演出「バトルフィールド」 演劇の原初にさかのぼった巨匠の警告

演劇とは“想像力のゲーム”である

平田オリザ「演劇といえば芝居がかったセリフを叫ぶもの、ではない。」

 

 

 

エンツォ・フェラーリ方式

2015-10-18

(2015/10/21 更新あり)

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by Leo Hidalgo

 

 

いつも当HPの投稿をお読み頂きありがとうございます。

 

さて、今回は告知目的で投稿させて頂きます。

 

これまで、デザイン関連や映像関連、アート関連と、もちろんコーチング関連

の投稿をほぼ毎日してきました。

 

これらのほぼ毎日の投稿は、あるマインドの能力の側面により生み出されています。

 

それは、「クリエイティビティ(想像力と創造力)」です。

 

 

現在、「”もの”の抽象度に囚われない抽象度の高いものづくりのカタチを世界に提供する」

という理念の下、法人設立することを考えています。

 

「もの」の抽象度に囚われないとは、物理的で機能を果たす固体の「もの」から、

映像作成といった少し抽象度の高い動きがある「もの」、そして音楽や芸術といった

アートとしてのものづくりを含むことを指します。

 

その活動を通して、すべての人が抽象度の高いやりたいことをやっている世界の実現に繋がる

ことを望んでいます。

 

それに際しまして、出資者募集、共同取締役募集をしたいと思います。

 

詳細につきましては後ほど書きますが、この時点で興味がある方は[email protected]まで

ご連絡下さい。

 

2015/10/21 更新

HPの下に事業内容(案)を追加しました。

 

アートとしての春画

2015-10-14

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by Bruno Cordioli

 

 

江戸時代に活躍した浮世絵師である、菱川師宣(?~1694)、

鈴木春信(1725?〜70)、鳥居清長(1752~1815)、

喜多川歌麿(1753~1806)、葛飾北斎(1760~1849)。

 

彼らは浮世絵の種類のひとつである役者絵、美人絵、名所絵などの大家

であるとともに、春画の大家でもありました。

 

春画は江戸時代に殿様から庶民まで幅広く楽しまれた絵画の一つでした。

 

ところが、8代将軍徳川吉宗が主導した享保の改革のときに、全面的に好色的

な書物の出版が禁止されてしまいます。

 

春画もその影響を受けましたが、実際に規制されていたのは、当時行われていた

差別政策を揶揄するような「浮世絵」のようなものに対して行われていたようです。

 

そのような状況下でも、春画は幕府の監視をかいくぐりながら制作され

続けられました。

 

その江戸時代に描かれた春画を東京目白にある永青文庫で見ることが出来ます。

 

日本で生まれた春画ですが、春画展が日本で開催されることは今までに無かったといいます。

その理由を、春画展の開催を長年望んできた、春画展日本開催実行委員会の浦上満氏は、

 

「結局は自主規制なんですよ」

(中略)

「国公立の美術館は『教育委員会が恐い』。財団法人の美術館は大抵企業が

バックにあるので『企業イメージが悪くなるのはまずい』。新聞社や

マスコミは『読者からのクレームがきたらどうする』。

みんな見えざる敵におびえて、自主規制してるだけなんです」

via.週刊アスキー

 

と語り、また、

 

「美術商だから一儲けしようとしているんだろうと思う方もあるかも

しれませんが、われわれはこの展覧会で儲けようなんてことは

当初から一切思ってません。春画展において利益は追求しない。

だからいろんな先生方が応援してくださっているんです」

via.週刊アスキー

 

とも語っています。今回の日本での春画展は、18歳未満の入場を規制している

以外の規制はしていないようですので、その作品のストーリーや社会的、文化的背景

も含めた”組物”として春画を一度嗜んでみてはいかがでしょうか。

 

 

via.   *参考サイトには刺激的な表現・画像が含まれます。ご了承の上、お読みください。

SHUNGA 春画展

産経ニュース|なぜ“生まれ故郷”の日本で「春画展」が開けないのか…欧米では相次ぎ開催、西洋美術への影響が研究されているのに

ダヴィンチニュース|大盛況!「SHUNGA 春画展」で私たちは、古き日本の多様な性文化に何を観るか?

週刊アスキー

享保の改革

 

 

魅力的な女性になる方法

2015-10-05

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by Andre Diniz

 

 

シュルレアリスムの時代に活躍した芸術家であるサルバドール・ダリ

(1904 – 1989)には、彼の”すべて”ともいえる妻がいました。

 

彼女の名前はガラ・エリュアール(1894 – 1982)といいます。

 

ダリがガラのことを自分の”すべて”と語った理由は、ガラがいつも

ダリの傍に寄り添って、芸術のアイデアを出す手助けをして

もらっていたからだと考えられます。

 

また、ガラはマーケティング能力、プロデューサーとしての能力

にも長けていたといいます。

 

あのよく見かける、髭が重力に逆らって伸びている様に見える写真も

ガラのプロデュース力によるものでした。

 

そしてガラは、ダリだけではなく他の芸術家に対しても全力で応援する

態度を取りました。そこからは言葉では言い表せない魅力が溢れ出ていたといいます。

 

では、何故ガラは言葉では言い表せない魅力を醸し出すことが

出来たのでしょうか。

 

その本質は、ガラの持っている「母性や包容力」にあったのかもしれません。

 

そうかもしれませんが、「母性や包容力」は女性に限って出せるものという

訳ではありません。

 

「母性や包容力」を感じることが出来る行動は、性別に関係なく執ることが出来ます。

そうでなければ、LGBTの人たちも含め、愛するという行動が

成り立たなくなってしまいますね。

 

via.

Girls Artalk|美術史に学ぶ恋愛テクニック「多くの男を虜にしたガラ~魅力的な女性になる方法①~」

ACROSS|新世代のガールズメディア

 

 

想像力から意図へ

2015-10-04

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by jeff horne

 

 

ルネサンス以降、現実をありのままに描こうとした写実主義、

そして内的なものの表現に挑んだ後期印象主義、リアリティと想像力

が融合したシュルレアリスム。

 

歴史の時間の流れが経つごとに描く対象の抽象度はどんどん

上がっていきました。

 

それに応じて作品に対する見る側の想像力の使い方も変わっていきます。

 

写実主義時代のアートの場合、ありのままに描かれたものに沿うカタチで

見る側の想像力が使われることになります。

 

後期印象主義時代のアートの場合は、作者の表現した内的な感情に沿う

カタチで想像力が使われます。

 

シュルレアリスム時代以降のアートの場合は作者の想像力自体に沿う

カタチで、作者の意図に対して想像力が使われます。

 

どの時代のアートであっても、作者の意図に対する想像力は切り離せませんが、

見る側の場合でも、想像力が使われる対象の抽象度の移り変わりに

気づくことが出来ると思います。

 

是非、アートから想像力を養って、次のステージである創造力を

発揮する足掛かりにしてみてはいかがですか。

 

via.

西洋絵画の歴史とデッサン

 

 

 

 

牛乳を注ぐ女~ヨハネス・フェルメール~

2015-10-03

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“Johannes Vermeer – De melkmeid” by ヨハネス・フェルメール

 

 

アートは想像力を養うのにいい教材になり得ます。

 

上の作品は、ヨハネス・フェルメールが1660年頃に描いた、

「牛乳を注ぐ女」という作品です。

 

当時のメイドの役割を担う女性が、牛乳を器に注いでいる

瞬間の姿が描かれています。

 

では、彼女はこれをする前は何をしていたのでしょうか。

また、彼女はこれから何をするのでしょうか。

 

それを考えるには、想像力を使わざるを得ません。

 

このようないわゆる写実主義のアートは、現実をリアルに描こうと

するもので、この時に使われる想像力は、リアリティという時間の流れ

に沿ったものになるはずです。

 

西洋絵画の歴史でいうと、写実主義が興ったのはルネサンス以降、

つまり今から200年ほど前のことで、そこから外的リアリティの表現を追求する

ことから始まり、次に内的な表現の追求に変遷し、そしてシュルレアリスムの

時代の頃から作者自身の想像力を表現する時代に移り変わります。

 

このことから見る側としての想像力の使い方も、変わっていっている

のに気がつくことが出来ます。

 

一体どのような変化が起こっているのでしょうか。

 

To be continued!

 

via.

Wikipedia|牛乳を注ぐ女

西洋絵画の歴史とデッサン

 

 

 

 

ベートーヴェンの描く「皇帝」

2015-09-30

 

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73は1809年頃に

完成した3楽章からなる協奏曲です。またの名を「皇帝」と呼ばれる

ことでも知られている曲です。

 

「皇帝」と呼ばれる理由はいくつか考えられますが、理由の一つとして

この作品を制作し始めた1808年頃に、ナポレオン皇帝がウィーンを侵略

しようとしたことが関係していると考えられます。

 

さて、この交響曲第5番はベートーヴェンの中期の作品に当たるもので、

「劇性」が取り入れられている作品になっています。

 

それに伴い、オーケストラの人数も増えることになります。

ちなみにオーケストラの編成は、

 

フルート 2
オーボエ 2
クラリネット(B♭管) 2
ファゴット 2
ホルン(E♭管) 2
トランペット(E♭管) 2
ティンパニ 1対(B♭、E♭)
弦五部(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)

via.ピアノ協奏曲第5番 (ベートーヴェン)

 

となっていて、この構成にピアノが独奏で加わることになります。

Pianoがオーケストラに引けを取らない様は、ナポレオンの勢力に対抗する

オーストリアの姿を現しているかのようにも思えてきます。

 

この曲はいったい何を表しているのか。その答えはベートーヴェンに

直接聞くのが良いと思いますが、もしも当時のベートーヴェンに

聞くことが出来たとしても、その答えを教えてくれるかどうかは分かりません。

 

ひょっとしたら、曲を聴いて自分で考えろと言われるかもしれませんよ。

 

via.

ピアノ協奏曲第5番 (ベートーヴェン)

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

ナポレオン・ボナパルト

 

島全体がアートになる

2015-09-25

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by Roberto

 

 

ベネツィアで2年に1回開催される「ビエンナーレ国際美術展」。

2年に1回開催されるのは、その年が奇数年のときは美術展、偶数年のときは

建築展が開催されるからです。

 

2015年は奇数年なので、今年は美術展が開催されています。

期間は2015/5/9~2015/11/22まで開催されていて、期間中は

ベネツィアの島全体がアート 一色に変わります。

 

日本人もこの美術展に出展しています。

塩田千春さんという方が《掌の鍵》– The Key in the Hand –

という作品を出展しています。

 

塩田さんの作品造りの特徴は、作品のコンセプトに哲学的な問いが

含まれているところです。

 

ベネツィアの《掌の鍵》においてもそうですが、舟の様なものから

伸びる無数の赤い糸と、それにくっついている鍵は一人一人の「存在」

を表しているようにも見ることが出来ます。

 

アートを見る機会があったら、その作品を哲学的な問いが隠されている

という前提で見てみると、その作品の再現性の程度がわかるはずです。

 

via.

作品|Chiharu Shiota

Italian Issimo|現代アートの最新事情

第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館 塩田千春《掌の鍵》

La Biennale di Venezia – Home

 

 

アートとイマジネーションの差違が無くなる日

2015-09-17

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by Sebastiaan ter Burg

 

 

アートとは、あるものが登場する以前は実際にその場所に行かないと

見られないものでした。

 

あるものの登場で、アートが実際に足を運ばなくても見られる

ようになりました。

 

そのあるものとは、「コンピュータ」と「インターネット」の普及です。

 

そのコンピュータとインターネットとアートが掛け合わさり、現在の

「メディアアート」という新しいアートのカタチが生まれました。

 

また、メディアアートの持つリアルタイム性やインタラクティブ性といった

特徴はこれまでのアートの概念を覆し、アートのパラダイムの変化

に大きな影響をもたらしたと言われています。

 

 

そのメディアアートの登場により、音楽や映像、ダンスなど様々なジャンルの

ものが現代のテクノロジーによって融合され、アートと呼ばれるように

なりました。

 

ですが、そのアートの様なものはテクノロジーの視覚化に

過ぎないのでは無いでしょうか。

 

テクノロジーの進歩と共にアートのカタチが変わることは何の問題も

ありませんが、テクノロジーとアートを一緒にしてはいけないと

思います。

 

アートとは、人間のイマジネーションが生み出すもので、

テクノロジーはそれを表現する技術でしかありません。

 

そういう意味で、アートとイマジネーションの差違が無くなる日が

近い将来に来るのではないでしょうか。

 

 

via.

FASHION HEADLINE|真鍋大度1/3–Perfumeでメディアアートに革命【INTERVIEW】

メディア・アートの現況とその可能性

夢ナビ|芸術の世界に革命を起こした「メディアアート」

 

 

 

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